ショパンエチュードの解説と練習法 -ルイ・ロルティの演奏を参考に-

ショパンエチュードの各曲について解説と練習法および演奏解釈の指針を書きます。
ルイ・ロルティ(Louis Lortie)が2008年に収録した映像&音源を参考とし、他のピアニストについては適宜述べていきます。
転載される場合は連絡不要ですが、出典元としてこのブログURLの記載をお願いします。

ショパンエチュードの楽譜選択

<ショパンコンクール公認>

・ナショナル・エディション(ヤン・エキエル編:まだ新しいのでこれで録音したCDは少ない。)

・パデレフスキ版(烏合の衆編:かなり有能な烏が集合している。これで録音したCDが多い。)

<解説つきでオススメのもの>

・コルトー版(op.10/25は別々。独特なので原典版との併用必須。)

・全音原典版(op.10/25は別々。)

・ウィーン原典版(異稿の比較ができる。)

・ミクリ版(カール・ミクリ、Carl Mikuli:ショパン先生の直弟子兼秘書。Dover版がamazonで安価に入手可能。)

<無料ネット楽譜>

・IMSLP ミクリ版(上記と同じ楽譜のオンライン版)

  直リンク:op.10 op.25 新練習曲


注意点

楽譜の選択には十分に気をつかってください。何を買ったらいいかわからないときは、高くてもナショナル・エディションをおすすめします。楽譜店または通販で入手可能です(検索してください)。ナショナル・エディションをまとめ買いする場合は、右のリンク集にある直販サイトの通販をおすすめします。日本で買うよりかなり安価になります。


ショパンの楽譜は校訂した人が勝手に指示を追記していることがほとんどです。現在入手できる楽譜に書かれた追記の多くは演奏者にとって有益ですが、中には解釈を誤るようなものもあります。

またIMSLPの楽譜を使う場合は必ずミクリ(Carl Mikuri)が編集した楽譜を利用してください。ミクリの追記は非常に有用です。IMSLPにあるショパンの楽譜は、ミクリ以外は残念ながら使い物になりません。

全音は確認できるだけでショパンエチュードの楽譜を4種類も出しています(汗)。昔からある無印バージョンはすでに使いものにならないので、古い全音の楽譜(青帯)をお持ちの方は買い換えをおすすめします。

op.10-1:破 - YOU CAN (NOT) DO IT -

<練習方法>

もくじ

(1)和声進行の把握

(2)ゆっくり弾いてみて難所を把握

(3)op.10-1養成ギプス

(4)ルイ・ロルティが見せるコンフィギュレーション


というわけでお待ちかねの練習方法アドバイスコーナーです。

コルトー先生の練習法がひどい内容なので-ブラームスのエチュードかよ、というほどしんどい-わたくしHarnoncourtがもうすこしやさしく、ツェルニー40番終わったばかりなのにこの曲を弾きたいとか言い出す勇気とやる気と元気のある人のために練習方法を説明します。




(1)和声進行の把握

まず和声の流れを把握する必要があります。

多くの指導書は「コラールで弾きなさい」と書いていますが、じゃーーん、じゃーーん、と和音で弾いても面白くもなんともありません。アホか。こんなの2小節目で飽きてしまいます。4小節目では8割以上の人が寝ます。しつこいようですが、この曲はバッハ平均律集第1巻第1番プレリュードのオマージュなので、その曲と同じようにアレンジして弾くべきです。こうするとわかりやすく面白いし、原曲どおりに弾けない人でもこの曲の魅力を味わうことができます。

譜例:ショパンエチュードop.10-1 超かんたんアレンジ  編曲 by Harnoncourt

10-1超簡単アレンジ


ぷりんと楽譜の難易度づけを意識してみました。こういう風に書き直すと、右手の旋律は和声の補強と装飾にすぎず、むしろ左手が音楽の推進力になっていることがわかるでしょう。

ピアノの初心者の人は、ぜひこのアレンジに作り直して弾いてください。多くの人はショパンエチュードだとは気づかずに「綺麗な曲だなあ」と誉めてくれるでしょう。「ところで誰の曲?バッハ?」と尋ねられたら「ショパンの練習曲をアレンジしてみたんだよ」とドヤ顔で答えましょう。




(2)ゆっくり弾いてみて難所を把握

ごくゆっくりと、最初から弾いてみます。

慣れない人は最初の小節からすでに弾きにくいことと思いますが、あきらめないで先へ進みましょう。22~26小節目あたりが鬼門になる人が多いと思います。

10-1難所

このあたりは1-2や3-5を限界まで伸ばしても届かない人がほとんどだと思います。こういう部分をどのように処理するかがop.10-1のポイントになります。届かない箇所の前後を別グループとして扱い届かない地点へ跳躍する、という弾きかたがいいように思います。22小節だったら532をグループに見立て、そこからG(ソ)へ跳躍するイメージです。カンパネラと違って白鍵に飛び込まないといけないので難しいですが、飛んで入る先の鍵盤を良く見て低空飛行でスパッと移動すればミスなく弾けます。ノンレガートでOKと考えましょう。(黒鍵のほうが跳躍は容易。ああ見えてリスト先生は優しいんです。)

いずれにしても、次項の練習法で具合のいいやり方を検討してください。左手を参加させれば余裕で弾けますが、コンクールや試験はもちろんピアノ教室の発表会でもかなり恥をかくと思うので甘えないようにしましょう。みんなここが難しいことは知っていますし、注目しています。

この部分が難しいって人が多いけれど、左手で同じようなことをやってるテンペストの終楽章は初心者でも弾いたりするよね。まさにあれ。あのやり方を思い出しましょう。「テンペストと同じ」って書かれると弾けそうな気になるでしょ。しかもテンペストと違って延々つづくわけじゃないし(笑)。

これ以外でも弾きにくいな~と思う箇所があったら、この時点で楽譜に「ここは弾きにくい!」と書き込んでおきましょう。そこを重点的に練習すればよいのです。

私が初めてこの曲を弾いた時は、冒頭の小節から弾けませんでした。

なぜ弾けないんだろう?なぜこんなにも弾きにくいんだろう?

弾けない理由を自分で考え理解するのはとても大切です。これを理解しないことには練習が始まりません。私が最初に気付いたものは以下の通りです。

  • 10度のアルペジョなんか弾いたことがないから手が広がらない。そもそも10度なんて届かない。
  • ドソドミって苦労して上がってすぐ親指でドが弾けない。ドソドミ、ここでひと休みしたい。
  • 上がるより下がるほうがラクな気がする。⇒ここポイントなので、あとで解説します。
  • 10度以上のアルペジョになる小節は完全にお手上げ。

完全に八方塞がり、詰んだ状態です。コルトー先生がオススメする練習方法もやってみましたが、大リーグボール養成ギプスのような辛いだけの訓練でした。コルトー版の楽譜を持ってる人はぜひ見てください。ひどいです~。

ということで、わたしはここで一旦この曲の練習をあきらめ、その間ゴチャゴチャと他の曲を練習しました。I CAN NOT DO IT ! です。そうこうしているうちにいつのまにか上達して、「ダンテを読んで」や「英雄ポロネーズ」といった曲までなんとか弾けるようになってきました。

でも、ときどきショパンエチュードの楽譜を取り出して眺めて考えていました。

どのようにしたらこのパッセージを弾けるようになるんだろう?

指間の拡大をするならエオリアン・ハープが最適で、あれを勉強した時にやった練習方法が使えるのではないか?ということに気付きました。そこからリベンジが始まります。




(3)op.10-1養成ギプス(やわらかめ)

エオリアン・ハープの練習の時にやった改変-パッセージの一部を和音にする-を応用して、下記のような改変し、この形で練習します。

10-1-1


すべての小節をこのパッセージに変形して練習します。弾きにくい小節はコンフィギュレーションをよく検討して、弾きやすい手首の位置を探してください。そうすれば誰でもop.10-1が弾けるようになると思います。下がる時より、上がる時のほうがむずかしいこともわかると思います。下がるのはテニスでいうフォアハンド、上がるのはバックハンドの向きに腕を動かします。たいていの人はフォアは得意ですがバックは苦手。全く同じことがピアノ演奏でも起こります。このパッセージを上手く弾くには、上がるときと下がる時で動き方を切り替える必要があります。単純に逆回しにしてもうまくいきません。ではどこから切り替えるか?という話になりますが・・・

最高点の音を弾いたときに下降動作を開始

つまり、ドソドミの「ミ」は上りの終わりではなく、下りの始まりです。最高点で切り替えるようにする、これを意識しましょう。この曲を弾く前にop.10-8をやってるのが普通のような気がしますが、あれは最高点から落ちる始まり方をするので、最高音=下りの始まりということが理解しやすいです。


ここまでくればもう YOU CAN DO IT ! あとはロベルト・シューマンの気分になっていろいろな変形を楽しみましょう。たとえば、下記のように和音で弾く場所を1つずらしただけで、難度や練習効果が変化します。ハノン的に付点音符などで弾くのもよいでしょう。

10-1-2

コルトー先生はド+ソドミ和音に分割して全部弾け、と無茶なアドバイスをしていますが、手の小さな日本人には弾けるわけがありません。ただし、22~26小節のような場所を練習する時はこの方法が非常に有効です。





(4)ルイ・ロルティが見せるコンフィギュレーション

この曲を練習していくと、すべてのパッセージがドソドミと同じやり方で弾けるわけではない、ということにすぐ気付きます。アルペジョを構成する音の並びに合わせて手の位置や角度を細かく調整しなくてはいけません。コンフィギュレーションの使い分けです。ルイ・ロルティ先生がこの曲を弾いている動画を入手したので、これをキャプって先生のコンフィギュレーションについて説明します。まずは3小節目から4小節です。手首と肘の使い方に着目してください。手首の使い方は音域に変わらずほぼ一定です。

10-1Lortie解説用修正

番号

画像 解説

mp4_000007200

ド-ラ-ドをひとつかみにするコンフィギュレーションです。まだ弾いていない上のドの鍵盤に4の指を置いているところに着目してください。4を伸ばすことで同時に3の指がくっついていきます。勝手に一緒に動いてしまう特性を利用したコンフィギュレーションです。あとは3の指をドの鍵盤に滑り込ませれば容易につながります。また、つかみやすいように「くの字」のように肘が曲がっていることも重要です。腕を身体側に意識的に引きつけています。この角度は音域によって変化します。左手も重要で、腕を身体の方に引きつけながらまっすぐ下に打鍵します。こうすると重みのあるフォルテになります。

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ド-ラ-ド-ファのファを弾いた瞬間です。すでに親指がドの鍵盤の上にセットされています。駆け上がりながら親指を引きつけます。ファを打鍵する瞬間には親指をここまで持ってこないと次が間に合いません。

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最後のラまで上がってきました。「くの字」の肘は上がりながら身体から離れて(バックハンドの要領で)、この時点では鍵盤に対して直角になっています。左手にも注目。すでにF#の上に指がセットされています。これはすごく重要です。ロルティは4と5の2本指で低音のF#を弾こうとしています。このテクニックは重みのある低音を出すためにとても重要です。

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最高音に到達しました。打鍵した瞬間にはもう下りの動作に変化しています。上から下に打鍵するのではなく、右上から左下にすくい取るように打鍵するとよいでしょう。私はしなやかな空手チョップのイメージでこの音を弾いてます。打鍵前にごくわずかな溜めができ、演奏の印象がよくなります。ここを正確すぎるインテンポで弾いたり先走って突っ込む演奏は、非常に印象がわるいです。

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下り途中。同じ鍵盤を弾いている③と比較してください。腕の角度は少し内側に、手首はかなり内側を向いています。それにつられて手首がわずかに鍵盤の奥方向に入っています。いずれも下り方向へ進むためのコンフィギュレーションです。この微妙に違うコンフィギュレーションを使い分けないと上下をスムーズに弾くことができません。上下どちらかが下手な人は、コンフィギュレーションを使い分けず強引に弾いているのではないかと思います。プロでもよくいます。それで弾けてしまうから工夫しないのです。
マウリツィオ・ポリーニ(DG盤)は、このあたりを検討してもっと完成度の高い演奏を目指して欲しかったですね。録音は未来永劫残ってしまうので、対策を打てる瑕疵はすべて対策した上で録音すべきです。それこそが真の完璧主義者ですが、イタリア人にそれを求めても仕方ないよね、というのが私の認識です(ただしミケランジェリを除く)


※頭の位置の動きにも注目してください(アルシンド的な意味で)。ほとんど右手しか見ていません。この曲は左手を見る必要はほとんどありません。

黒鍵が混じった場合は以下のような感じ。手首の位置が鍵盤の奥に入り込んでいます。


mp4_000047760
指は伸ばし気味。黒鍵を弾く時に、伸ばしたほうが弾きやすい人と、アーチ型の指でピンポイントに打鍵したほうが弾きやすい人がいます。自分がやりやすいように弾いてください。ここに来る前にop.10-5で練習しているとは思いますが。
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手首の位置が少し上がっています。これはロルティの特徴で、黒鍵の多いフレーズを弾く時に自然に手首を上げたコンフィギュレーションを取るようです。op.10-2や25-6の映像で非常によくわかるのでそのときに説明します。




つづく

BGMはもちろん宇多田ヒカル"Beautiful World"PLANiTb Acoustica推奨。


予告2

BGM(おやくそく)

凍結したように指が硬直するレスナー

最初から廃棄されたかのような演奏表現

ドグマから湧きあがるような重低音

胎動する右ペダルとウナコルダ

ついに集う、古今東西の名演奏

op.10-1の完成を望む人々の物語は何処へ続くのか

次回、ショパンエチュード練習法op.10-1:Q

さぁて、この次もサービスサービス!

op.10-1:序 - YOU CAN (NOT) RECONIZE -

<練習目的>

幅広い音域をやすやすとつかめるようになるための練習曲です。指間を拡大し、手のひらの柔軟かつ迅速な開閉をマスターすること、さらには音域ごとの最適なポジションやコンフィギュレーション(手の形・位置)を学ばせるのが目的です。決してアルペジョの練習曲ではありません。アルペジョを弾かせるのはあくまでも手段です。情けないことにほとんどの解説者は手段と目的を取り違えています。ピアノの先生が「この曲はアルペジョの練習ですよ。」とか言ったら、先生を変えることを真剣に考えたほうがよいでしょう。

この目的を理解-RECONIZE-して勉強するのと、単なるアルペジョの練習として勉強するのでは大違いなので、練習を始める前に十分に意識しておいてください。

私は原典版と同時にコルトー版のショパンエチュードの楽譜を購入することを推奨しますが、その理由はこういった解説部分に書かれていることが優れているからです。でもコルトー版のこの曲の練習法は難しすぎるのでやめてください。私はコルトーの練習法でやろうとして見事に自爆しました。他人のいうことを鵜呑みにしてはいけない、というすばらしい人生経験になりました。


この練習曲がバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番のオマージュというのは誰でも知っていると思います。この曲ですね。

bwh846


これがショパンの手にかかるとこの有様です。

10-1譜例1


どう見ても音域を拡大しまくっています。本当にありがとうございました。

IMSLPから楽譜を取ってこようと思ったけど、Karl Klindworth校訂の楽譜(真っ先に出てくる)の右手の拍頭になぜかスタカートが入っていたヽ(`Д´)ノ。こんなんじゃショパンの意図した練習目的が果たせないじゃんかよー。スタカートが付いただけで何もかも台無し。ということでエキエル編ナショナル・エディションをスキャンしました。


実はこのパッセージはショパンのピアノ協奏曲第1番第3楽章などで頻出するパッセージが由来です。たとえば下記(128小節)。

10-1譜例2


赤くマーキングしたところがop.10-1と同様なパッセージですが一方通行に上下するのではなく、132という運指で折り返しが入っているので、いっそう正確なコンフィギュレーションが要求されます。op.10-1も一方通行ではなく、折り返しを加えて変奏するとよい練習になります。

ここで注目して欲しいのが、青い矢印が付いている部分です。ここは10-1の要素に手首のひねりが加わるのでさらに難度が高くなっています。

ショパンのピアノ協奏曲はこういう変なパッセージがたくさん出てきます。これがショパンの手癖-巻き込むようなアルペジョ-で、特にこの時期のショパンのピアニズムを特徴づけるパッセージになっていますので、ぜひとも注意して聞いてください。ワルツ14番でおなじみですね。

コルトーはop.10-1もこういう感じに手首のひねりを加えて練習しろ、と無茶なことをいってます。たとえば冒頭を1245と弾くのではなく2124で弾けと。ひねりが加わったアルペジョは同じ第1楽章の205小節をはじめわんさか出てきますので、協奏曲を弾く人にはいいアドバイスかもしれませんねー(棒読み)。


・・・ぶっちゃけショパン先生はこのパッセージをうまく弾けなかったんじゃないのかな?

意気込んで協奏曲を書いてみたはいいけれど、このパッセージ弾けない、とか、ミスりそうで怖い、みたいな。だから自分のために&自分の曲を弾いてもらうために練習曲を書いたのではないかと推測しています。op.10-4でも決めの部分やラストで10度アルペジョ出てきますから、この曲をさらわないでいきなり弾くのはちと難しい。(Harnoncourtは経験済み)


つづく

ここでティータイム。

BGMはもちろん宇多田ヒカル"Beautiful World"推奨。


予告2

BGM(おやくそく)

第1小節から途方にくれる初心者

まったく進まない譜読み

強行される禁じ手 -左手参加-

次々と現れる無茶なパッセージ

次第に壊れてゆくレスナーのモチベーションは

果たしてどこへと続くのか

次回、ショパンエチュード練習法op.10-1:破

さぁて、この次もサービスサービス!

ショパンエチュードの演奏難易度

ピアノ曲の技術的難易度振り分けは非常にくだらない話題です。子供(精神的に幼稚な人)が学歴や偏差値で優越感を得たりコンプレックスに苦しむことと同じで、本質的には全く意味がありません。そんなことで悩むのは時間の無駄です。

そもそもこれを気にする人は最初から弾けるはずがないのです。たとえ技術レベルがその曲に到達していたとしても、精神的な障壁が存在したら弾けるわけがありません。加えていうならば、ピアノ曲の難易度は個人差がつきもので、とりわけショパンエチュードの体感難易度は個人差が大きいことが知られています。そのため、ある人には演奏容易に思えた曲が別の人にはものすごい難曲に感じる、ということがごく普通に発生します。なので、個人がつけた難易度は他人には通用しませんし、万人に共通するランク付けなどできるはずがありません。

しかし音楽図鑑ブログのほうも「曲名+難易度」で検索してやってくる人がものすごく多く、迷える子羊を見るような気持ちになってしまいます。ということで、ひとつの意見として全27曲の技術的難易度を私なりにまとめてみました。全曲ひと通り弾いた上で難易度を振っています。

自分の技術レベルが低かった頃は、非常にむずかしくとても弾けそうになく思えた曲があって、いわば難易度センサーが無限大に振り切れてしまったりもしたのです(笑)。近年は、「どんなに難しい曲でも必ず弾けるようになる方策があり、それを見つけ出して練習するのがピアノ学習者のやるべきこと」と思えるようになったので、難易度∞の曲はなくなりました。

以上、前おきが大変長くなりましたが、これからショパンエチュードの難易度解説を始めます。


ランクわけと時代別代表曲

ツェルニー相当 古典派代表曲 ロマン派代表曲 近現代代表曲
30番終了 モーツァルト:K.545 シューマン:飛翔 ドビュッシー:アラベスク1番
☆+ 40番中盤 モーツァルト:K.331 シューベルト:即興曲op.90-3 ドビュッシー:アラベスク2番
☆☆ 40番終了 ベートーヴェン:悲愴 シューマン:子供の情景 ラヴェル:死せる王女の
ためのパヴァーヌ
☆☆+ 50番中盤 ベートーヴェン:月光 メンデルスゾーン:
ロンド・カプリチオーソ
ラヴェル:ソナチネ
☆☆☆ 50番終了 ベートーヴェン:熱情 リスト:カンパネラ ラヴェル:水の戯れ
☆☆☆+ 60番 ベートーヴェン:皇帝 シューマン:トッカータ バラキレフ:イスラメイ

代表曲に異論のある方もいらっしゃると思いますが、とりあえず。アラベスク1番はツェルニー30番に入る前でも弾けますね。


op.10

番号 難易度 コメント
☆☆☆ 局地的に難しい箇所があります。
☆☆☆+ どうしても弾けない人がいます。
☆☆ 中間部以外は☆なので、ツェルニー30番で不足しがちな成分を補いましょう。
☆☆☆ 個人差があります。
☆☆ 個人差があります。
技術の曲じゃないので。
☆☆+ 個人差が大きい曲ですが、簡単という人はあまりいません。バラード2番コーダに登場。
☆☆+ 試験やコンクールの定番のメカニカルな練習曲です。
ツェルニー30番は左手の練習が少ないのでこの曲は大変。だからこそ練習します。
10 ☆+ 技術はラクだけどプロでも変な演奏をする危ない曲です。
11 ☆☆ エオリアンハープを仕上げてからでないと無理です。
12 ☆+ 弾きやすく、知名度も高くてコスパ抜群。9番をさらった後でどうぞ。


op.25

番号 難易度 コメント
☆+ 手が広がらない人は毎日これを弾きましょう。
個人差がありますが、ツェルニー30の20番目の次に弾けます。
☆☆ トリルのところ以外はさほど難しくありません。
☆☆+ テンポ次第です。高速ノーミス演奏は困難です。
☆☆+ 中間部がかなり難しいです。
☆☆☆+ 私が習った浜野先生はこれが弾きやすいそうです。
☆☆ 左手のルバート技術の曲です。
☆☆☆ 曲調と裏腹に難曲。+をつけるか迷うくらいです。
☆☆ 手が開かない人は非常に演奏困難です。
10 ☆☆ 中間部が難しいです。1-3や1-4でオクターブが取れない人は☆☆+
11 ☆☆☆ 25-6ほどじゃないので。
12 ☆+ ツェルニー30番終えたばかりでは弾けないけれど、40番を終えた後だと物足りない。


新練習曲(楽譜によって順番が違うので調性を参考に確認してください。)

番号 難易度 コメント
ヘ短調。ツェルニー30番を終えたらこういうクロスリズムに挑戦しましょう。
変イ長調。これもクロスリズム。左手の音域が広いので、右手ばかり見ているとミスします。
☆+ 変ニ長調。ショパンらしい才気が感じられる曲。

調性から見るショパンエチュードOp.10とOp.25の全体像

作品10

最初に結論を書いてしまいますが、この曲集は平均律集を目指したけどうまくいかなかったので、なんとか連続演奏だけは達成した、というところだと思います。つまりop.10はバッハの平均律集と同じように長調短調の2曲ペアを連続して構成する予定だったと思いますが、7番と8番が長長ペアになってしまって計画通りにいかなかったのではないかと推測します。

下記のデータは誰でもすぐ気づくことですが、ショパンの失敗に関して論じている人が少ない(いない?)ので改めて書いておきます。

順番 曲調の対比 調性 調関係 1つ前との差 コンセプト合致
1-2 大アルペジョ vs. 半音階 ハ長調 ⇒ イ短調 平行調 なし ( ゜д ゜)ウマー
3-4 遅くカンタービレな曲
 vs. 急速な常動曲
ホ長調 ⇒ 嬰ハ短調 平行調 長3度上 ( ゜д ゜)ウマー
5-6 軽快な2拍子舞曲
 vs. 遅く鎮静的な曲
変ト長調 ⇒ 変ホ短調 平行調 長2度上 ( ゜д ゜)ウマー
7-8 トッカータ vs.
 ツェルニー的アルペジョ
ハ長調 ⇒ ヘ長調 下属調 減5度 (+д+)マズー
9-10 憂鬱な旋律
 vs. 優美な旋律
ヘ短調 ⇒ 変イ長調 平行調 4度上の短調 ( ゜д ゜)ウマ?
11-12 ハープの模倣 vs.
 ツェルニーの模倣
変ホ長調 ⇒ ハ短調 平行調 長1度下の長調 ( ゜д ゜)ウマー


このような状態で、2曲ずつ長短の順で平行調カップルになっていますが、7-8で関係が崩れてしまいます。どうしてこうなったのでしょうか。なぜ8番をイ短調で書かなかったのでしょうか。これに関してはショパン先生を小1時間問い詰めたいところです。

7番にも原因の一端があります。よりによって5番に対して減5度。最悪の関係です。6番は最後に転調して変ホ長調で終わるため、7番を変ロ長調で開始すれば連続演奏的に容易につながります。しかし7番をハ長調で書いてしまったため、素直にはつながらなくなってしまいました。

ここでショパンお得意の音符読み替え技が炸裂します。変ホ長調トニカの第3音=ト音で終わらせて(おそらく7番につなぐために意図的にト音で終わらせた)、これをそのまま7番ハ長調の属音に読み替えて接続します。ちょっと強引ですが、つながるからまあいいか、という感じですね。そこから9番へつなぐために禁を破って下属調=ヘ長調の8番を書いたと思われます。せっかく長短組み合わせでペアを作っていたのに、ここにきてすべて台無しです。ショパンエチュードのCDを聴いていると、まず7番で軽く違和感を覚え(ハ長調はないでしょ変ロ長調か変ニ長調でしょ、みたいな)、さらに8番が始まるときにそこまで続いていた長 ⇒ 短のペアが崩れるので強烈ないかりや長介感(ダメだこりゃ!)が漂ってしまいます。この先は9-10が短 ⇒ 長になって長 ⇒ 短関係も破綻してしまいます。いまさら悔やんでも仕方ないことですが、平行調ペアを長短の順に並べて連続演奏、という初期コンセプトを最後まで貫いてほしかったと思います。

ということで、平均律集へのオマージュは失敗どころか盛大な自爆に終わったものの、なんとか連続演奏できる形で12曲がまとまり、音楽史上最初の演奏会用練習曲集として成立しました。よかったですね(棒読み)。だからいいんだよもう!と投げやりな感じで革命のエチュードが終わっているように聞こえるのは、わたしの気のせいでしょうか?




作品25

op.10で懲りたので長短組み合わせコンセプトは無視して、とりあえず連続演奏を重視した形になりました。そのかわり、1曲ずつの独立性を高めて、練習曲といえども個々の曲の完成度を追求しています。

op.10で見られた強引な接続はなく12曲が調性的な関連性を利用して見事な数珠つなぎになっているので、連続演奏したときの流れのよさが素晴らしいです。インターネット上で「op.25の方がop.10よりも各曲の調性的つながりが薄い」とかおかしなことを書いている人がいるのはかなり困ります。「それ違います」というメールを送ってしまおうかと思いました。みなさんも和声はちゃんと勉強しましょう。

というわけで、ちょっと読みずらいですが、和声関係を一気に列挙します。

1:変イ長調2:ヘ短調(平行調) ⇒ 3:ヘ長調(同主調) ⇒ 4:イ短調(属調平行調) ⇒ 5:ホ短調(属調⇒ホ長調終止) ⇒ 6:嬰ト短調(下属調の平行調) ⇒ 7:嬰ハ短調(下属調) ⇒ 8:変ニ長調(同主調) ⇒ 9:変ト長調(下属調) ⇒ 10:ロ短調(前曲の同主調=嬰へ短調の下属調。前曲の終止音の変トを嬰ヘに読み替えて、嬰へ音から開始。エンハーモニックつながり。) ⇒ 11:イ短調(下属調の下属調=ドッペルサブドミナント) ⇒ 12:ハ短調(平行調の同主調)

9番 ⇒ 10番 ⇒ 11番 ⇒ 12番、この怒涛の連続に痺れます。この4曲は絶対セットで作曲してます。12番、大洋のエチュードが始まる瞬間のカタルシスがハンパないです。そして最後はハ長調=作品10の第1曲と同じ調性に転調して堂々と終わる!カックイイ~~~~!!

「計画通り(ニヤリ)」というショパン先生の顔が思い浮かびますね。


          計画通り




総括

でも、op.10は計画倒れに終わってるからそれほど自慢できないはずですね。それにいくらなんでもこんなに悪い表情じゃないと思います(笑)。「計画通り」で画像検索するとこればかりなのでつい(汗)。

そもそも黒鍵のエチュードなんか書かなきゃよかったんだよなあ。コンセプトと無関係な遊びをするから流れを壊すんじゃヴォケ、という感じです。ショパン先生も後悔してたっぽいけどね。前奏曲集でリベンジしたからいいようなものの、です。

練習曲集は「難しすぎて弾けない」とか当時のピアニストやピアノ教師が言ったらしいけれど、自らの下手クソぶり(というかピアニズム的な応用力の低さ)を露呈しただけではないかと思います。あとop.10の瑕疵に関しては音楽学者から「より一層の研鑽を求める」とか言われてました。まあ当然かと思います。フランツ・リストやハンス・フォン・ビューローがこの練習曲集を絶賛したので、その影響がずっと残って21世紀でもこの曲集を神聖視する人が多いですが、それは買いかぶりすぎというもの。

最後にもういちど結論:op.10の全部がダメってわけじゃないけど、ショパンにしてはちょっと失敗作よね。


おまけですが、フランツ・リストがショパンの前奏曲集を真似して全ての調性を揃えた練習曲集を書こうとしました。つまりショパンエチュード超えを狙ったのですが、12曲(ちょうど半分)で挫折しました。なかなか愉快な逸話だと思います。調性の順番が前奏曲集の逆回りなのがかっこいいと思います。リストのショパン愛はとどまるところをしらないな(笑)。この練習曲集はもちろん、「超絶技巧練習曲 S.139」として世界中で演奏されていることはもういうまでもありません。

練習曲集を作るのって、難しいんだね!ドビュッシーはよくがんばったね!偉い!

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オンライン無料楽譜
IMSLPショパン(英語)
さまざまな版が収録されており、演奏指示などの記述がバラバラで混乱するので、きちんと勉強したい人にはおすすめできない。
ショパン初版譜
英仏独3カ国の初版譜が比較できる。演奏指示などの記述がバラバラ(以下略)なので、調べものをしたい人向け(英語)
ショパン自筆譜ファクシミリ
自筆譜が確認できる。読みずらいがちょっとした確認をしたいときに非常に便利。アクセント記号やsf&fzで迷ったらここ(英語)


楽譜販売サイト
ナショナルエディション直販
PayPalユーロ決済。8ユーロで日本への配送可能。(英語)
ショパン自筆譜ファクシミリ
PWM。随時追加される模様。op.10の一部が散逸していて全曲揃わないのが非常に残念。(英語)

amazonショパン楽譜@洋書カテ
ヘンレ版
ヤマハ等の店頭で買うより安価
ドーヴァー版
やはり店頭より安価。楽譜サイズに注意。ミニサイズのものが混ざってます。

その他
ファツィオリ
近年ロルティが録音に使用しているピアノ。スタインウエイとはまた違った魅力。
シャンドス
ロルティのCDを発売しているレーベル(英語)
NationalEdition.com
ナショナル・エディション総本山(英語)
国際ショパン協会
ショパンコンクール主催(英語)
日本ショパン協会
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