<練習方法>
もくじ
(1)和声進行の把握
(2)ゆっくり弾いてみて難所を把握
(3)op.10-1養成ギプス
(4)ルイ・ロルティが見せるコンフィギュレーション
というわけでお待ちかねの練習方法アドバイスコーナーです。
コルトー先生の練習法がひどい内容なので-ブラームスのエチュードかよ、というほどしんどい-わたくしHarnoncourtがもうすこしやさしく、ツェルニー40番終わったばかりなのにこの曲を弾きたいとか言い出す勇気とやる気と元気のある人のために練習方法を説明します。
(1)和声進行の把握
まず和声の流れを把握する必要があります。
多くの指導書は「コラールで弾きなさい」と書いていますが、じゃーーん、じゃーーん、と和音で弾いても面白くもなんともありません。アホか。こんなの2小節目で飽きてしまいます。4小節目では8割以上の人が寝ます。しつこいようですが、この曲はバッハ平均律集第1巻第1番プレリュードのオマージュなので、その曲と同じようにアレンジして弾くべきです。こうするとわかりやすく面白いし、原曲どおりに弾けない人でもこの曲の魅力を味わうことができます。
譜例:ショパンエチュードop.10-1 超かんたんアレンジ 編曲 by Harnoncourt
ぷりんと楽譜の難易度づけを意識してみました。こういう風に書き直すと、右手の旋律は和声の補強と装飾にすぎず、むしろ左手が音楽の推進力になっていることがわかるでしょう。
ピアノの初心者の人は、ぜひこのアレンジに作り直して弾いてください。多くの人はショパンエチュードだとは気づかずに「綺麗な曲だなあ」と誉めてくれるでしょう。「ところで誰の曲?バッハ?」と尋ねられたら「ショパンの練習曲をアレンジしてみたんだよ」とドヤ顔で答えましょう。
(2)ゆっくり弾いてみて難所を把握
ごくゆっくりと、最初から弾いてみます。
慣れない人は最初の小節からすでに弾きにくいことと思いますが、あきらめないで先へ進みましょう。22~26小節目あたりが鬼門になる人が多いと思います。
このあたりは1-2や3-5を限界まで伸ばしても届かない人がほとんどだと思います。こういう部分をどのように処理するかがop.10-1のポイントになります。届かない箇所の前後を別グループとして扱い届かない地点へ跳躍する、という弾きかたがいいように思います。22小節だったら532をグループに見立て、そこからG(ソ)へ跳躍するイメージです。カンパネラと違って白鍵に飛び込まないといけないので難しいですが、飛んで入る先の鍵盤を良く見て低空飛行でスパッと移動すればミスなく弾けます。ノンレガートでOKと考えましょう。(黒鍵のほうが跳躍は容易。ああ見えてリスト先生は優しいんです。)
いずれにしても、次項の練習法で具合のいいやり方を検討してください。左手を参加させれば余裕で弾けますが、コンクールや試験はもちろんピアノ教室の発表会でもかなり恥をかくと思うので甘えないようにしましょう。みんなここが難しいことは知っていますし、注目しています。
この部分が難しいって人が多いけれど、左手で同じようなことをやってるテンペストの終楽章は初心者でも弾いたりするよね。まさにあれ。あのやり方を思い出しましょう。「テンペストと同じ」って書かれると弾けそうな気になるでしょ。しかもテンペストと違って延々つづくわけじゃないし(笑)。
これ以外でも弾きにくいな~と思う箇所があったら、この時点で楽譜に「ここは弾きにくい!」と書き込んでおきましょう。そこを重点的に練習すればよいのです。
私が初めてこの曲を弾いた時は、冒頭の小節から弾けませんでした。
なぜ弾けないんだろう?なぜこんなにも弾きにくいんだろう?
弾けない理由を自分で考え理解するのはとても大切です。これを理解しないことには練習が始まりません。私が最初に気付いたものは以下の通りです。
- 10度のアルペジョなんか弾いたことがないから手が広がらない。そもそも10度なんて届かない。
- ドソドミって苦労して上がってすぐ親指でドが弾けない。ドソドミ、ここでひと休みしたい。
- 上がるより下がるほうがラクな気がする。⇒ここポイントなので、あとで解説します。
- 10度以上のアルペジョになる小節は完全にお手上げ。
完全に八方塞がり、詰んだ状態です。コルトー先生がオススメする練習方法もやってみましたが、大リーグボール養成ギプスのような辛いだけの訓練でした。コルトー版の楽譜を持ってる人はぜひ見てください。ひどいです~。
ということで、わたしはここで一旦この曲の練習をあきらめ、その間ゴチャゴチャと他の曲を練習しました。I CAN NOT DO IT ! です。そうこうしているうちにいつのまにか上達して、「ダンテを読んで」や「英雄ポロネーズ」といった曲までなんとか弾けるようになってきました。
でも、ときどきショパンエチュードの楽譜を取り出して眺めて考えていました。
どのようにしたらこのパッセージを弾けるようになるんだろう?
指間の拡大をするならエオリアン・ハープが最適で、あれを勉強した時にやった練習方法が使えるのではないか?ということに気付きました。そこからリベンジが始まります。
(3)op.10-1養成ギプス(やわらかめ)
エオリアン・ハープの練習の時にやった改変-パッセージの一部を和音にする-を応用して、下記のような改変し、この形で練習します。
すべての小節をこのパッセージに変形して練習します。弾きにくい小節はコンフィギュレーションをよく検討して、弾きやすい手首の位置を探してください。そうすれば誰でもop.10-1が弾けるようになると思います。下がる時より、上がる時のほうがむずかしいこともわかると思います。下がるのはテニスでいうフォアハンド、上がるのはバックハンドの向きに腕を動かします。たいていの人はフォアは得意ですがバックは苦手。全く同じことがピアノ演奏でも起こります。このパッセージを上手く弾くには、上がるときと下がる時で動き方を切り替える必要があります。単純に逆回しにしてもうまくいきません。ではどこから切り替えるか?という話になりますが・・・
最高点の音を弾いたときに下降動作を開始
つまり、ドソドミの「ミ」は上りの終わりではなく、下りの始まりです。最高点で切り替えるようにする、これを意識しましょう。この曲を弾く前にop.10-8をやってるのが普通のような気がしますが、あれは最高点から落ちる始まり方をするので、最高音=下りの始まりということが理解しやすいです。
ここまでくればもう YOU CAN DO IT ! あとはロベルト・シューマンの気分になっていろいろな変形を楽しみましょう。たとえば、下記のように和音で弾く場所を1つずらしただけで、難度や練習効果が変化します。ハノン的に付点音符などで弾くのもよいでしょう。
コルトー先生はド+ソドミ和音に分割して全部弾け、と無茶なアドバイスをしていますが、手の小さな日本人には弾けるわけがありません。ただし、22~26小節のような場所を練習する時はこの方法が非常に有効です。
(4)ルイ・ロルティが見せるコンフィギュレーション
この曲を練習していくと、すべてのパッセージがドソドミと同じやり方で弾けるわけではない、ということにすぐ気付きます。アルペジョを構成する音の並びに合わせて手の位置や角度を細かく調整しなくてはいけません。コンフィギュレーションの使い分けです。ルイ・ロルティ先生がこの曲を弾いている動画を入手したので、これをキャプって先生のコンフィギュレーションについて説明します。まずは3小節目から4小節です。手首と肘の使い方に着目してください。手首の使い方は音域に変わらずほぼ一定です。
番号 |
画像 | 解説 |
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① | ド-ラ-ドをひとつかみにするコンフィギュレーションです。まだ弾いていない上のドの鍵盤に4の指を置いているところに着目してください。4を伸ばすことで同時に3の指がくっついていきます。勝手に一緒に動いてしまう特性を利用したコンフィギュレーションです。あとは3の指をドの鍵盤に滑り込ませれば容易につながります。また、つかみやすいように「くの字」のように肘が曲がっていることも重要です。腕を身体側に意識的に引きつけています。この角度は音域によって変化します。左手も重要で、腕を身体の方に引きつけながらまっすぐ下に打鍵します。こうすると重みのあるフォルテになります。 | |
② | ド-ラ-ド-ファのファを弾いた瞬間です。すでに親指がドの鍵盤の上にセットされています。駆け上がりながら親指を引きつけます。ファを打鍵する瞬間には親指をここまで持ってこないと次が間に合いません。 | |
③ | 最後のラまで上がってきました。「くの字」の肘は上がりながら身体から離れて(バックハンドの要領で)、この時点では鍵盤に対して直角になっています。左手にも注目。すでにF#の上に指がセットされています。これはすごく重要です。ロルティは4と5の2本指で低音のF#を弾こうとしています。このテクニックは重みのある低音を出すためにとても重要です。 | |
④ | 最高音に到達しました。打鍵した瞬間にはもう下りの動作に変化しています。上から下に打鍵するのではなく、右上から左下にすくい取るように打鍵するとよいでしょう。私はしなやかな空手チョップのイメージでこの音を弾いてます。打鍵前にごくわずかな溜めができ、演奏の印象がよくなります。ここを正確すぎるインテンポで弾いたり先走って突っ込む演奏は、非常に印象がわるいです。 | |
⑤ | 下り途中。同じ鍵盤を弾いている③と比較してください。腕の角度は少し内側に、手首はかなり内側を向いています。それにつられて手首がわずかに鍵盤の奥方向に入っています。いずれも下り方向へ進むためのコンフィギュレーションです。この微妙に違うコンフィギュレーションを使い分けないと上下をスムーズに弾くことができません。上下どちらかが下手な人は、コンフィギュレーションを使い分けず強引に弾いているのではないかと思います。プロでもよくいます。それで弾けてしまうから工夫しないのです。 マウリツィオ・ポリーニ(DG盤)は、このあたりを検討してもっと完成度の高い演奏を目指して欲しかったですね。録音は未来永劫残ってしまうので、対策を打てる瑕疵はすべて対策した上で録音すべきです。それこそが真の完璧主義者ですが、イタリア人にそれを求めても仕方ないよね、というのが私の認識です(ただしミケランジェリを除く)。 |
※頭の位置の動きにも注目してください(アルシンド的な意味で)。ほとんど右手しか見ていません。この曲は左手を見る必要はほとんどありません。
黒鍵が混じった場合は以下のような感じ。手首の位置が鍵盤の奥に入り込んでいます。
指は伸ばし気味。黒鍵を弾く時に、伸ばしたほうが弾きやすい人と、アーチ型の指でピンポイントに打鍵したほうが弾きやすい人がいます。自分がやりやすいように弾いてください。ここに来る前にop.10-5で練習しているとは思いますが。 | |
手首の位置が少し上がっています。これはロルティの特徴で、黒鍵の多いフレーズを弾く時に自然に手首を上げたコンフィギュレーションを取るようです。op.10-2や25-6の映像で非常によくわかるのでそのときに説明します。 |
BGMはもちろん宇多田ヒカル"Beautiful World"PLANiTb Acoustica推奨。
凍結したように指が硬直するレスナー
最初から廃棄されたかのような演奏表現
ドグマから湧きあがるような重低音
胎動する右ペダルとウナコルダ
ついに集う、古今東西の名演奏
op.10-1の完成を望む人々の物語は何処へ続くのか
次回、ショパンエチュード練習法op.10-1:Q
さぁて、この次もサービスサービス!
この曲、カツァリスのジジイの公開レッスンでやってるのを見たんですけど、こんな感じでした↓
ジジイ「どこか難しい所ありますか?」
生徒さん「えっと、22小節目とか~・・・」
ジジイ「あぁ、ココは誰でも難しいです(と言いつつ、イヤミの様に事も無げに弾いてみせる)」
生徒さん「…、」
ジジイ「この曲を練習する時は『1・3(もしくは4)を同時に弾いて、次に2・5を同時に弾く』を繰り返して下さい。ソレゾレの和音を弾く時に手首の角度に注意して~・・・」
自分には御縁の無い曲だったんで少しうろ覚えですけど、練習法はナルホドと思いました。