B部(中間部)の演奏表現

前回「Q」において2小節あるいは8小節の表現を考えてみました。今回はもっと大きい単位での表現を考えます。和声の流れを把握していれば、8小節単位のブロックが組み合わさっていることがわかると思います。

大まかには3部形式で、A(1~16小節)⇒B(17~48)⇒A(49~68)⇒コーダ(69~79)となります。

長いB部の演奏表現がポイント、重要な課題になります。なにしろ音型が変わらないまま続きますので、そのなかで起伏をつけないと流れが見えなくなってしまいます。


まず楽譜で全体のデュナーミクを確認します。

ショパンが記したデュナーミクは、最初にフォルテで始まり、以降はcresc.+フォルテ指示が2箇所、cresc.のみが1箇所、dim.3箇所、1小節の>が1箇所、あとは「Q」で紹介したものと同様な2小節単位の<>が終結部で8小節続くだけです。この後半8小節は「最初の8小節と同じような気持ちで締めくくりなさい」と考えてよいでしょう。いずれにしても極めてデュナーミク指示が少なく、自分で表現方法を考えなければなりません。


ここでデュナーミクの基本に立ち返ります。

  • 弱い音量をより弱く、強い音量をより強くするのは技術的に困難であるとともに、聴いている人にも伝わりにくいです。
  • ゆえに、クレシェンドの前には十分に音量を落としておきます。フォルテからさらにクレシェンドするよりも、思い切ってメゾピアノくらいまで落としてからクレシェンドしたほうが効果的です。
  • クレシェンド開始と同時にいきなり全開にしないで、フォルテに向かってじわじわと上げると印象がよくなります。クレシェンドと書かれている前から音量を上げてしまう人がとても多いです。はやる気持ちをおさえ、じっとガマンしましょう。
  • クレシェンドの頂点をはっきりと表現します。fと書かれていたらffくらいに解釈してもよいと思います。曲調にもよるが、この曲はそれでOK。
  • ディミヌエンドはクレシェンドの逆で、いきなり弱くしないように注意します。どこまで、どの程度まで音量を絞るのか、あらかじめ見極めておくとよいでしょう。ピアノからさらに音量を絞るのは難しいので、メゾフォルテくらいの音量からディミヌエンドを開始できるように、その前の部分でデュナーミクを調節します。ピアノからピアニッシモに下げるような場合には、ウナコルダの使用も考えます。
  • 無段階でクレシェンドやディミヌエンドするのは難しいので、終点まで数段階に分けるイメージで弾きます。特に長いディミヌエンドでは f ⇒ mf ⇒ 中間 ⇒ mp ⇒ p のように、ディミヌエンド過程の音量設定を楽譜に書き込んでしまうとよいでしょう。理想的には1音ごと緻密に変化させるべきですが(ツェルニーはそうしろと言っています)、そうはいっても容易ではないので、1拍単位とか、ペダルを踏み変える単位で変化させます(後者がやりやすい)。音量を10段階くらいにコントロールできれば聞いている人には十分に無段階に聞こえます。
    ツェルニーはピアニストを目指す人に対して無段階を要求しているので、素人は気にしなくていいです。10段階、つまり f ⇒ mf とか mp ⇒ p の間に1クッション入る程度で十分。
  • 右ペダルを上手に使いましょう。クレシェンドするときは徐々に深く踏んで、盛大に響かせます。ディミヌエンドするときは徐々に浅くして踏み替えを増やし、響きを薄くします。後者が上手くいかない人が多いように思います(プロのピアニストでもそう)。
  • タッチを変化させることで音量と音色を同時に変化させることができますが、まずは正確な音量制御ができるようになってから考えます。
  • 誰でもいつも一番上手くいったときと同じように弾けるわけはありません。うまく弾けた時の感じをできるだけ確実に再現できるように練習するしかありません。内田光子さんですら「まれに完全に上手くいくときがある」と言ってます。上手くいくのはプロでも「まれ」だそうです(笑)。


ここからB部の私なりの演奏解釈を書いてみます。これが絶対というわけではないので、あくまでも参考にしてください。なお、楽譜はクリックすると大きくなります。

10-1-4階目2

小節No. 解説
17 ここからB部が始まります。多くのピアニストはここで音量を落としたり、ペダルを薄くします。A部が終わってB部に入ったことをわかりやすく伝えるためです。
~24 B部に入って8小節は、バスの順次進行を聞かせます。22~24小節が演奏困難な場合は、ここで少しずつテンポを落として8小節分の起承転結をつけるようなイメージに表現するとよい思います。いきなりガクっとテンポを落とすと「むずかしいから遅くした」とバレます(笑)。
23~24 左手を単音にしている=音量を落としたい、という意味です。なので、ここでディミヌエンドしたほうが良いと思います。左手は連続性を考慮してあえてオクターブで弾いて24小節で単音にする、というやり方もあります。
25~ ここから再現部まで一続きなので、演奏表現的にはここから新たなスタート地点になります。再現部に向かって拍頭の音が G ⇒Fis ⇒ F ⇒ E ⇒ Es ⇒ D ⇒ Cis ⇒ C ⇒ H ⇒ A ⇒ G ⇒ F ⇒ E ⇒ D と下がります。この長い下降音階を支えるバスと和声に対して、豊かな表現を盛り込みます。すべての音をマークすると楽譜が読みにくくなるので、トップの音だけマークしました。
25 スタート地点=新たな展開は、かなり抑えて入りましょう。この小節から、A7 ⇒Dm7 ⇒ 1拍だけD7 ⇒ G7 ⇒ C7 ⇒ Cm7。属7和音のみの和声進行でフラット系の調性に転調します。
27~28 フラット系への転調のきっかけとなる29小節のC7和音を強調したいので、そこに向かってディミヌエンドしてペダルも薄くします。
逆に29小節に向かってクレシェンドするのもいいと思います。この部分を単なるつなぎと見て何もしないのは最悪です。
29 意外性をもってC7を強調して聞かせたいので、ここでいきなりフォルテにして、ペダルをしっかり踏んで和声を響かせます。
30~33 この後33小節まではフラット系の調性です。デュナーミクは何も書かれていませんが、クレシェンド指示が入るまでは)じわじわとディミヌエンドします。そうしないと33小節からのクレシェンドに対応できません。クレシェンドのご利用は計画的に。


上記の22~23小節が特に難しいので、よく練習するようにしてください。通し練習ばかりしていると、他の部分はうまくなるのに、この部分がちっとも上達しない、ということになりがちです。わたしはいつもそうです(笑)。


さらに続けます。
ここからB部の後半になります。33~45小節の間にクレシェンド⇒フォルテ⇒ディミヌエンド⇒クレシェンド⇒フォルテと細かくデュナーミクが指示されます。この部分はきわめて重要なA部(再現部)導入の準備区間です。ここに続く46~48小節で一気に攻めて、49小節からの再現部に持ち込まなくてはなりません。


10-1-4回目3

小節No. 解説
33~35

36小節からの長いディミヌエンドにそなえて、その前に十分なクレシェンドが必要です。34小節の音程を下げながらのクレシェンドでstrettaな雰囲気を高めます。ここはフォルテまでテンポを緩めないで一気に突っ込みたいところですが、あえて溜めるのもありです(じらしのテクニック)。前後のバランスで決めてください(笑)。

36~

ここから長いディミヌエンドになります。一直線に音量を下げつづけると急にしぼんだようになるので、適度に<>を表現しながら、主にペダルによる響きの調節によって音響のサイズを縮小するイメージで、ディミヌエンドします。ペダルを1小節ベタ踏みするのをやめて、小刻みに上げ下げするとよいでしょう。
具体的には、音響を拡大したいとき=2~4拍踏み続け、縮小したいとき⇒1拍に1回程度踏み変え、のように上げ下げするペースを調節します。ペダルは完全に上げるのではなく、響きを薄くする程度の上げ方にします。響きの量をコントロールするために、ペダルを上手に使ってください。

38と40

38、40小節で4拍目をノンペダルにするようにこの楽譜(ミクリ版)は指示していますが、ナショナル・エディションではまるまる1小節伸ばしたままになっています。さまざまな資料からナショナル・エディションの指示が正当と思われますし、4小節目でいきなりノンペダルになるのは曲の流れ的にもよくありません。私の考えでは4拍目で踏み変えるのがいいと思います(ミクリの考えを含めた折衷案)。大部分のピアニストはそうやって弾いていると思います。

42~44

ここは今までとは異なった展開で、右手が1小節内で激しく上下します。パッセージの変化が大きい部分は演奏表現も大げさに、一気に盛り上げていきます。45小節に向かって左手をどんどんクレシェンド、それに合わせて右手も音量を上げ、ペダルも厚くします。また、ここから再現部まで G ⇒ F ⇒ E ⇒ D ⇒ Dis ⇒ E とトップの音を確実につなげてください。

45~46

下りアルペジョを一気呵成に弾ききると同時に、4拍目で左手の打鍵と同時にペダルを踏み変えます。いったん完全にペダルを上げて休符をしっかり聞かせます。これにより、いっそう緊張感が高まります。ナショナル・エディションではこの4分休符がカッコつきになっていますが、あったほうが断然カッコいいです。
さらにこの箇所はアルペジョのトップが D ⇒ Dis ⇒ E (47小節)と解決していく様子をくっきり聞かせる必要があるので、この3つの音がつながるようにします。同時にバスが B ⇒ B ⇒ E と進行する様子もしっかり聞かせます。ペダルを上げてもきれいつながって聞こえるように、音量やタッチに気をつけましょう。


いよいよB部の終わり~A部の再現となります。


10-4回目ラスト

小節No. 解説
47~48

E ⇒ G7 という和声進行で、49小節で再現部となります。G7=属7和音をマルカートに弾いてしっかりと聞かせたいので、48小節の頭からリタルダンドして準備します。E-dur和音のアルペジョが演奏困難な場合は46小節後半でテンポを落とし、47小節はその状態のまま(テンポを落としたまま)演奏してもかまわないと思います。でも遅いまま2小節弾くと間延びするのでがんばってテンポ維持を目指してください。

49~

めでたく再現部となります。戻ったよ!ということがわかるように、堂々と弾きましょう。ここに戻ったときのカタルシスを演出するために、延々と準備してきたのです。
ホロヴィッツやプレトニョフやカツァリスのように、こういった再現部の開始部分をわざとピアニッシモで弾いてカタルシスをはぐらかす人もいますが、こういうのはプロのピアニストだから許される演出です。でも内輪で弾くときにやってウケを取るのはありです


こうしてA部が再現したら、ようやく気が休まる・・・わけではありません。

そこはショパン先生、終盤に向けてもうひと波乱用意されています。「ここでもうひと波乱」「まだ意外な展開が」という演奏表現をしていただきたいと思います。


わたしはショパンのほとんどすべての曲の楽譜を見て、音楽学的な勉強をしていますが、この作曲家のすごさは冒頭部とコーダに特に強く表れていると思います。どの曲も印象的な開始をして聴衆をひきつけ、さまざまな展開があったのち、わずかな名残惜しさをもって終わります。このバランス感覚が抜きんでて優れていると思います。

コーダ作曲が最悪なのはいうまでもなくベートーヴェンです。彼の交響曲は終わりそうでなかなか終わってくれませんよね(笑)。ショパンはベートーヴェンのそういう冗長性が嫌いで、過不足のないバッハやモーツァルト的な楽曲を理想としていたため、すっきりとした構成を意識していたと思われます。「英雄ポロネーズ」のまるまる1ページかかる序奏や、バラード4番の長大なコーダは異例中の異例といってよいでしょう。そしてその「異例」がまた突出して素晴らしいことに至っては、もう天才というほかありません。


ペダリングのちがい:電子ピアノとグランドピアノ

最終回、長いですね~。もう少しお付き合いください(汗)。

私はいつもこんな感じで演奏を作り上げています。デュナーミクは楽譜に従いますが、ペダルは楽譜に書かれたことをかなり変更します。ショパンも言っていますが、ペダルは演奏者の裁量によって変更してよい、むしろ変更すべきです。ピアノの個体差や調整によって当然ペダリングは変わります。また打鍵&離鍵が甘い人は、どうしてもペダルが濁ります。なので、指の動きが悪い人はペダルをしっかり上げることを意識すべきでしょう。大抵の人は、タイミングよくペダルを踏むことはできても、離すタイミングやペダルを上げる速度が遅いようです。響きを消すときは、ペダルをスパッと上げることを意識しましょう。

電子ピアノで練習している人は、グランドピアノを弾くときにペダル操作の違和感を覚えやすいので特に注意してください。練習時から、グランドピアノで弾くことを想定できるようになりましょう。でも、この曲を弾くような人はそんなこと慣れっこだと思いますけれども。


演奏テンポと仕上げ方について

まずは4分音符=120を目標にします。

ショパンエチュードの4拍子系の速い曲は、このテンポでブレずに安定して弾けるようになれば、ひとまずOKだと思います。120で弾ければ発表会などでも恥ずかしくありません。コンクールや試験では140以上で弾くことを求められると思いますが、演奏困難な小節でコケないように練習を積んでいるうちに、そのくらいのテンポで弾けるようになってしまうと思います。

楽譜指定のテンポ=176は速すぎます。この指定値に関してはさまざまな議論があると思いますが、「君がヴィルチュオーゾ(名人)ならこのくらいのテンポで弾けるんじゃないの?」というショパン流の当てこすりというか、エスプリ(気の利いた冗談)ではないかと思います。

それともうひとつ、当時の練習曲集はツェルニーを始めとして無茶なテンポ設定がお約束でした。なのでショパンもその慣習に倣って、無茶テンポを設定したものと思われます。

いずれにしても、速い曲ではショパンが弾ききれた最大値を設定していると思われ、当時のピアノと現代のピアノの違いなどを考慮して、指定テンポで弾く必要はないと思われます。速すぎる演奏は、一生懸命やっているつもりでも表現や解釈が伝わりにくく、思ったほど効果的ではありません。

速いテンポでの演奏を身上とするピアニストがいますが、響きの豊かなホールではパッセージがダンゴになって何を弾いているのかさっぱりわかりません。指は速く回っているけれど、演奏では失敗しているのです。
これは素人にも降りかかってくる問題です。ちょっと広い場所になると、ピアノの音が散って自分の音が聞こえにくくなります。そのためペダルを多く踏みすぎたり、無理して鍵盤を叩いて演奏表現が行き届かなくなるのは非常によくある話です。仕上げの段階になったら、本番で弾く場所を想定して全体的な微調整をしましょう。


おわりに

練習法初回にして難度の高い曲を取り上げた結果、初中級者のみなさんがポカーンとするようなことばかり書いてしまいました。とんでもないブログを見てしまった、と思った方は申し訳ありません。演奏難度の低い曲では、その曲を初めて弾くようなレベルの方を想定して書こうと思います。

なおop.10-1練習法で書いた多くの部分は、ショパンコンクール副審査委員長のピオトル・パレチニ氏のマスタークラスおよび公演の内容に基づいています。


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写真:パレチニ氏とお弟子さん一同


す、すみません

でも何度拝見しても、パタリロにしか見えないのでw


というわけで、ショパンエチュードop.10-1練習法はこれにて終わりです(・∀・)



owari