ショパンエチュードの解説と練習法 -ルイ・ロルティの演奏を参考に-

ショパンエチュードの各曲について解説と練習法および演奏解釈の指針を書きます。
ルイ・ロルティ(Louis Lortie)が2008年に収録した映像&音源を参考とし、他のピアニストについては適宜述べていきます。
転載される場合は連絡不要ですが、出典元としてこのブログURLの記載をお願いします。

├概説・練習目的

調性から見るショパンエチュードOp.10とOp.25の全体像

作品10

最初に結論を書いてしまいますが、この曲集は平均律集を目指したけどうまくいかなかったので、なんとか連続演奏だけは達成した、というところだと思います。つまりop.10はバッハの平均律集と同じように長調短調の2曲ペアを連続して構成する予定だったと思いますが、7番と8番が長長ペアになってしまって計画通りにいかなかったのではないかと推測します。

下記のデータは誰でもすぐ気づくことですが、ショパンの失敗に関して論じている人が少ない(いない?)ので改めて書いておきます。

順番 曲調の対比 調性 調関係 1つ前との差 コンセプト合致
1-2 大アルペジョ vs. 半音階 ハ長調 ⇒ イ短調 平行調 なし ( ゜д ゜)ウマー
3-4 遅くカンタービレな曲
 vs. 急速な常動曲
ホ長調 ⇒ 嬰ハ短調 平行調 長3度上 ( ゜д ゜)ウマー
5-6 軽快な2拍子舞曲
 vs. 遅く鎮静的な曲
変ト長調 ⇒ 変ホ短調 平行調 長2度上 ( ゜д ゜)ウマー
7-8 トッカータ vs.
 ツェルニー的アルペジョ
ハ長調 ⇒ ヘ長調 下属調 減5度 (+д+)マズー
9-10 憂鬱な旋律
 vs. 優美な旋律
ヘ短調 ⇒ 変イ長調 平行調 4度上の短調 ( ゜д ゜)ウマ?
11-12 ハープの模倣 vs.
 ツェルニーの模倣
変ホ長調 ⇒ ハ短調 平行調 長1度下の長調 ( ゜д ゜)ウマー


このような状態で、2曲ずつ長短の順で平行調カップルになっていますが、7-8で関係が崩れてしまいます。どうしてこうなったのでしょうか。なぜ8番をイ短調で書かなかったのでしょうか。これに関してはショパン先生を小1時間問い詰めたいところです。

7番にも原因の一端があります。よりによって5番に対して減5度。最悪の関係です。6番は最後に転調して変ホ長調で終わるため、7番を変ロ長調で開始すれば連続演奏的に容易につながります。しかし7番をハ長調で書いてしまったため、素直にはつながらなくなってしまいました。

ここでショパンお得意の音符読み替え技が炸裂します。変ホ長調トニカの第3音=ト音で終わらせて(おそらく7番につなぐために意図的にト音で終わらせた)、これをそのまま7番ハ長調の属音に読み替えて接続します。ちょっと強引ですが、つながるからまあいいか、という感じですね。そこから9番へつなぐために禁を破って下属調=ヘ長調の8番を書いたと思われます。せっかく長短組み合わせでペアを作っていたのに、ここにきてすべて台無しです。ショパンエチュードのCDを聴いていると、まず7番で軽く違和感を覚え(ハ長調はないでしょ変ロ長調か変ニ長調でしょ、みたいな)、さらに8番が始まるときにそこまで続いていた長 ⇒ 短のペアが崩れるので強烈ないかりや長介感(ダメだこりゃ!)が漂ってしまいます。この先は9-10が短 ⇒ 長になって長 ⇒ 短関係も破綻してしまいます。いまさら悔やんでも仕方ないことですが、平行調ペアを長短の順に並べて連続演奏、という初期コンセプトを最後まで貫いてほしかったと思います。

ということで、平均律集へのオマージュは失敗どころか盛大な自爆に終わったものの、なんとか連続演奏できる形で12曲がまとまり、音楽史上最初の演奏会用練習曲集として成立しました。よかったですね(棒読み)。だからいいんだよもう!と投げやりな感じで革命のエチュードが終わっているように聞こえるのは、わたしの気のせいでしょうか?




作品25

op.10で懲りたので長短組み合わせコンセプトは無視して、とりあえず連続演奏を重視した形になりました。そのかわり、1曲ずつの独立性を高めて、練習曲といえども個々の曲の完成度を追求しています。

op.10で見られた強引な接続はなく12曲が調性的な関連性を利用して見事な数珠つなぎになっているので、連続演奏したときの流れのよさが素晴らしいです。インターネット上で「op.25の方がop.10よりも各曲の調性的つながりが薄い」とかおかしなことを書いている人がいるのはかなり困ります。「それ違います」というメールを送ってしまおうかと思いました。みなさんも和声はちゃんと勉強しましょう。

というわけで、ちょっと読みずらいですが、和声関係を一気に列挙します。

1:変イ長調2:ヘ短調(平行調) ⇒ 3:ヘ長調(同主調) ⇒ 4:イ短調(属調平行調) ⇒ 5:ホ短調(属調⇒ホ長調終止) ⇒ 6:嬰ト短調(下属調の平行調) ⇒ 7:嬰ハ短調(下属調) ⇒ 8:変ニ長調(同主調) ⇒ 9:変ト長調(下属調) ⇒ 10:ロ短調(前曲の同主調=嬰へ短調の下属調。前曲の終止音の変トを嬰ヘに読み替えて、嬰へ音から開始。エンハーモニックつながり。) ⇒ 11:イ短調(下属調の下属調=ドッペルサブドミナント) ⇒ 12:ハ短調(平行調の同主調)

9番 ⇒ 10番 ⇒ 11番 ⇒ 12番、この怒涛の連続に痺れます。この4曲は絶対セットで作曲してます。12番、大洋のエチュードが始まる瞬間のカタルシスがハンパないです。そして最後はハ長調=作品10の第1曲と同じ調性に転調して堂々と終わる!カックイイ~~~~!!

「計画通り(ニヤリ)」というショパン先生の顔が思い浮かびますね。


          計画通り




総括

でも、op.10は計画倒れに終わってるからそれほど自慢できないはずですね。それにいくらなんでもこんなに悪い表情じゃないと思います(笑)。「計画通り」で画像検索するとこればかりなのでつい(汗)。

そもそも黒鍵のエチュードなんか書かなきゃよかったんだよなあ。コンセプトと無関係な遊びをするから流れを壊すんじゃヴォケ、という感じです。ショパン先生も後悔してたっぽいけどね。前奏曲集でリベンジしたからいいようなものの、です。

練習曲集は「難しすぎて弾けない」とか当時のピアニストやピアノ教師が言ったらしいけれど、自らの下手クソぶり(というかピアニズム的な応用力の低さ)を露呈しただけではないかと思います。あとop.10の瑕疵に関しては音楽学者から「より一層の研鑽を求める」とか言われてました。まあ当然かと思います。フランツ・リストやハンス・フォン・ビューローがこの練習曲集を絶賛したので、その影響がずっと残って21世紀でもこの曲集を神聖視する人が多いですが、それは買いかぶりすぎというもの。

最後にもういちど結論:op.10の全部がダメってわけじゃないけど、ショパンにしてはちょっと失敗作よね。


おまけですが、フランツ・リストがショパンの前奏曲集を真似して全ての調性を揃えた練習曲集を書こうとしました。つまりショパンエチュード超えを狙ったのですが、12曲(ちょうど半分)で挫折しました。なかなか愉快な逸話だと思います。調性の順番が前奏曲集の逆回りなのがかっこいいと思います。リストのショパン愛はとどまるところをしらないな(笑)。この練習曲集はもちろん、「超絶技巧練習曲 S.139」として世界中で演奏されていることはもういうまでもありません。

練習曲集を作るのって、難しいんだね!ドビュッシーはよくがんばったね!偉い!

ショパンエチュードop.10およびop.25の目的

ショパンが考えたと思われるエチュードop.10およびop.25の目的を列挙します。

  • それそれの指の役割分担の明確化=5本の指の平均化を目指さない
  • 役割を分担できるだけの各指の独立性の獲得
  • 鍵盤に対する指の位置や角度の微調整による常に最適なフィギュレーション獲得
  • 上記に関連して、弾きやすいフィギュレーションを維持するために主に手首と肘の使い方の工夫
  • 幅広い音域を無理なくつかむ指間の拡大
  • さまざまなタッチの使い分けによる繊細で豊かな音色表現
  • さまざまなカンタービレの使い分けによる歌曲的な旋律表現
  • 「音楽の中心≠演奏技術の中心」の徹底。難しいパッセージほど難しくないように聞かせる。
  • 面白くないものを面白く。難しいものも面白く。愛らしく。楽しく。切なく。情感豊かに。
  • バッハの平均律集のような素晴らしい曲集を作りたい!

これらの要素が単一でなく1曲のなかに必ず複数、しかも並行して、渾然一体となって存在するのがショパンエチュードの最大の特徴です。それまでのエチュードは、練習目的は1曲あたりただ1つしかないのが基本でした。複数あったとしても、同時並行する練習曲は非常に稀なものでした。そのためどうしても味気なく、面白みに欠ける曲想になりがちでした。ショパンは1曲に対して複数の練習課題を盛り込むことで、練習曲を単なる練習としての存在を越えて誰でも楽しめて、なおかつ奥深い芸術性を持った楽曲へと変貌させたのです。

おそらく少年時代のショパンは、師に薦められるままクレメンティのパルナッスムやバッハの平均律集を弾きながら「練習曲とはなぜこれほどまでに味気のないものだろう」「バッハのプレリュードやフーガはこんなにも面白いのに」と日々思っていたはずです。味気のない練習曲をどのようにしたら弾いても聴いても楽しい曲にできるのか。それに対する明確かつ決定的な回答が、この2つの練習曲集です。このアイディアがなければ、のちの大作曲家がこぞって作った演奏会用練習曲は生まれえなかった、といえます。ショパンはさまざまなジャンルのピアノ曲の創生を行っていますが、20代の初めにいきなり演奏会用練習曲というジャンルを確立してしまいました。史上初の演奏会用練習曲集が、同時に史上最高の演奏会用練習曲集となったことに異論のある人はいないでしょう。ショパンは史上初かつ史上最高、というジャンルをほかに2つ作っています。スケルツォとバラードです。これだけを取っても作曲家としてのショパンの偉大さがわかろうというものです。

では、上記のような練習課題をどのように各曲に盛り込んだのか、少し述べてみます。たとえば・・・

  • 似たような音型の連続で運動性の獲得目的の練習であっても、構成音が少し変化しただけで全く異なるフィギュレーションを取らないと弾ききるのが困難になる曲。
  • 10度以上の幅広いアルペジョを連続して弾かせ、なおかつ内声まで含めた緻密なタッチ制御を要求する曲。
  • 片手だけで旋律と伴奏を同時に演奏させることで指の独立性とカンタービレな演奏表現を同時に習得させる曲。
  • 片手で常動的で技巧的な伴奏や装飾を奏でさせ、一方の手で悠然とカンタービレな旋律を演奏させ、テクニックを完全に音楽の外に追い出してしまう、しかし高度なテクニックがなければ音楽として成立しえない曲。
  • 素早く困難な跳躍を伴うパッセージを伴奏とし、別の手でこれまたカンタービレな旋律+対旋律を5本の指で分担させて弾く曲。
  • 信じられないほど多数の音符を1小節に詰め込み、ピアニスティックな表現の幅を極限まで拡大しつつ、拍節感を保つ曲。
  • 演奏困難な重音をさまざまなアーティキュレーションで奏することで刻々と移り変わる柔軟なフィギュレーション変化を身につけると同時に、各指の独立を促す曲。

・・・などなど。これを読んですぐ「ははーん、あの曲だな」と思い浮かぶ人もいると思います。


さて、ここまでくれば、この練習曲集の本当の目的は明らかです。

「真のテクニックは、ただひたすら、音楽のために!」


この言葉はカール・ツェルニー先生が自著で書いている言葉です。あの無味乾燥なツェルニーのエチュードも、豊かな音楽表現のためにはどうしても必要なのでした。




※出所不明な情報

ショパンのピアノ協奏曲が演奏困難といわれたので、ピアノ協奏曲から特に弾きにくいと思われるパッセージを抽出した練習曲集を作って、多くのピアニストに弾いてもらおうという裏の目的もあったと言われています。

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やはり店頭より安価。楽譜サイズに注意。ミニサイズのものが混ざってます。

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ファツィオリ
近年ロルティが録音に使用しているピアノ。スタインウエイとはまた違った魅力。
シャンドス
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